問題提起:
「労働保険って本当に必要?」と考える中小企業の経営者は少なくありません。しかし、未加入のリスクや効果的な活用方法を知らないままだと、企業にとって大きな損失や機会損失を招く可能性があります。
記事を読んでわかること:
本記事では、労働保険の基本的な仕組みや中小企業が加入する際のメリット、さらに労働保険その中でも主に雇用保険を活用して企業の魅力を高める方法について解説します。
記事を読むメリット:
この記事を読むことで、法律遵守だけでなく、労働保険を戦略的に活用することで人材確保や企業の信頼向上に繋げる具体的な方法が理解できます。結果として、他社と差をつける経営力を身につける一歩となるでしょう。
労働保険とは?その重要性を理解する
労働保険とは、働く人の生活と安全を守るために国が制度化した保険制度であり、企業が加入することが義務付けられています。この保険は主に「労災保険」と「雇用保険」の2つに分かれており、それぞれ役割と適用範囲が異なります。
労災保険
労災保険は、従業員が業務上または通勤中に発生した災害や事故、病気、または死亡に対して補償を行う制度です。この保険は、従業員が受けた被害に対し、医療費や休業補償、さらには障害年金や遺族年金といった手厚い支援を提供します。特に危険性の高い業種では保険料率が高く設定されており、例えば建設業ではその負担が比較的大きくなります。この保険料は全額事業主が負担する仕組みとなっており、従業員には負担が発生しません。
雇用保険
雇用保険は、従業員が失業した際や育児・介護休業中の収入を補填するための保険です。これにより、従業員は生活の安定を確保しながら、新たな職場を探す時間や家族をケアする時間を得ることができます。また、働けない時の給付に限らず、スキルや知識を付けるために、一定の要件を満たすと口座の受講料等が一部支給される、教育訓練給付(後述)もあります。給与明細上の控除項目になっていることからもわかるように、雇用保険料は事業主と従業員の双方で分担しますが、その割合は完全な折半ではなく、企業側の負担が大きい形となっており、年度や業種に応じて異なります。
労働保険加入の趣旨は?
労働保険は、単なる法律上の義務ではありません。それ以上に、従業員に対して安心感を提供し、企業の信頼性を高める重要な役割を果たします。たとえば、労災保険が未加入の状態で事故が発生した場合、事業主(企業側)は医療費や損害賠償を自己負担する必要があり、これが経営を圧迫することにつながります。企業にとっても万が一に備えた保険になっている事は理解すべきでしょう。また、未加入が明らかになった場合には、労働基準監督署からの指導や罰則が科されるリスクも伴います。
一方、従業員にとっては、労働保険の加入状況が働く環境の良し悪しを判断する基準となることも少なくありません。特に優秀な人材は、安心して働ける企業を選ぶ傾向があるため、労働保険の未加入は採用活動にも悪影響を及ぼす可能性があります。さらに、既存の従業員の信頼を損ない、離職率が上昇するという間接的な問題も考えられます。スタートアップの会社であっても社員を雇用する以上は忘れずに手続きを済ませるようにしましょう。
労働保険の適用範囲と加入条件
労働保険は、労働者を雇用する事業全般に適用される仕組みですが、その適用範囲や加入条件は保険の種類によって異なります。特に中小企業では、パートタイムや短期雇用の従業員が多い場合があるため、労働保険の適用基準を正確に把握しておくことが重要です。
労災保険の適用範囲
まず、労災保険については、雇用形態や労働時間に関わらず、事業で働くすべての従業員が対象となります。たとえば、アルバイトやパートタイマーであっても、労災保険の適用対象です。さらに、建設現場のように請負契約で働く労働者も一定の条件下で労災保険の対象となる場合があります。企業にとって重要なのは、これらの対象範囲を正確に把握し、労災保険料の計算に反映させることです。
通常は労働者に対しての保険になるため、労働者として扱われない経営者や役員は労災保険の対象外ですが、「特別加入制度」を利用すれば、自身を労災保険の対象に含めることが可能です。この制度は特に、現場作業に従事する経営者や一人親方として働く場合に有効です。特別加入を行うことで、経営者自身が災害や事故に遭った際の補償を受けられるようになります。
雇用保険の適用範囲
次に、雇用保険は、週の所定労働時間が20時間以上、かつ31日以上雇用される見込みがある労働者が対象となります。これには、パートタイマーや契約社員も含まれます。ただし、非常勤の従業員や短期雇用の場合には、適用外となることがあります。例えば、イベントスタッフとして1カ月以内の雇用契約で働く場合は、雇用保険の対象外となる可能性があります。
※中小企業では、適用基準や手続きに関する誤解や不備がトラブルの原因となることが多いため、労働基準監督署や社会保険労務士に相談することをお勧めします。
労働保険の手続きとコスト管理
労働保険の管理において重要なのは、適切な保険料の計算と手続きの正確さです。保険料の計算は従業員の賃金総額を基に行われますが、これには基本給だけでなく、残業代や手当なども含まれます。事業主が労災保険料を全額負担する一方で、雇用保険料は従業員と事業主が分担するため、それぞれの負担割合を正確に把握する必要があります。
年度更新は、労働保険料の確定と次年度の概算保険料の計算を行うための重要な手続きです。この手続きでは、前年度の賃金総額を正確に申告しなければなりません。申告内容に誤りがあると、追加徴収や過払いが発生する可能性があり、特に中小企業にとっては大きな負担となることがあります。
コスト削減のための工夫
労働保険料は、企業の運営における固定費の一部として大きな影響を与えます。そのため、コスト削減に向けた適切な管理が重要です。以下は、コスト削減に役立ついくつかのポイントです。
正確な賃金総額の計算
労働保険料は賃金総額に基づいて算出されるため、計算ミスを防ぐことがコスト管理の第一歩です。たとえば、手当や賞与が計算に含まれるべきかを正確に判断し、不適切な申告を避ける必要があります。また、年度途中での雇用形態の変更や従業員数の増減についても、適時見直しを行うことが重要です。
保険料率の確認と見直し
労災保険の料率は業種ごとに異なるため、事業内容の変更があれば適用料率の変更も検討すべきです。また、一定の条件下では、複数の業種を持つ事業所が主たる業種に基づいて保険料率を設定するケースもあります。このような場合、主たる業種を適切に選択することで保険料負担を軽減できる可能性があります。
特別加入制度の活用
一人親方や中小企業の経営者が特別加入制度を利用する際には、加入者数や補償内容を調整することで費用を最適化できます。また、特別加入を利用することで、万が一のリスクに備えつつ、労災補償を得ることができる点も経営上の安心材料となります。
年度更新手続きの重要性
年度更新は、労働保険料の確定申告に相当し、毎年6月1日から7月10日の間に行われます。この手続きは、前年度に支払った賃金総額を基に計算した確定保険料と、次年度の概算保険料を申告するものです。適切な申告を行わなければ、追加徴収や過少申告によるペナルティが課される可能性があります。
たとえば、給与管理が適切に行われていない場合、労災保険料の算出に誤差が生じることがあります。また、雇用保険においては、対象外の従業員を誤って含めることもトラブルの原因となり得ます。そのため、事前に給与台帳や賃金台帳を整理し、正確なデータを基に手続きを進めることが重要です。
さらに、年度更新の際には、社会保険労務士や会計士など専門家のアドバイスを受けることで、煩雑な計算や書類作成の負担を軽減できます。特に中小企業では、こうした外部の専門家を活用することで、人員不足や業務の効率化に寄与します。
未加入のリスクとペナルティ
労働保険への未加入は、企業にとって多大なリスクを伴います。そのリスクは、法律的な罰則だけでなく、従業員の信頼や企業イメージにも深刻な影響を及ぼします。
法律上の罰則
労働保険への加入は法律で義務付けられており、未加入が発覚した場合には以下のような罰則が科される可能性があります。
追徴金の支払い
未加入期間中にさかのぼって保険料が徴収されるだけでなく、加算金や延滞金も請求されることがあります。これは未払い分に加えて、法定利率による利息が課されるため、予想以上に高額になる場合があります。
行政指導と罰則
労働基準監督署からの指導が入ることがあり、最悪の場合、労働保険法違反として罰金刑が科されることがあります。この罰金額は最高30万円ですが、企業の信頼を損ねることが何よりも大きな打撃となるでしょう。
従業員や社会への影響
未加入の状態で労働災害が発生した場合、企業は労災保険に基づく補償を全額自己負担しなければなりません。たとえば、従業員が事故で長期入院となった場合、医療費や休業補償だけでなく、損害賠償請求を受ける可能性もあります。これが企業経営に与える影響は甚大であり、中小企業では倒産リスクにも直結します。
さらに、労働保険の未加入は、従業員からの信頼を失う原因ともなります。働く環境の安全が確保されていない企業では、優秀な人材が定着しづらくなり、離職率の増加や採用活動への影響が懸念されます。また、社会的にも「ブラック企業」としてのイメージが広まり、企業ブランドが毀損する可能性があります。
雇用保険の教育訓練給付を活用した資格取得の奨励
労働保険はもしものために備えるためのものと考えがちですが、雇用保険には、従業員がスキルアップやキャリア形成を目的とした教育訓練を受ける際に、費用の一部を補助する「教育訓練給付金制度」があります。この制度を活用することで、企業は従業員の能力開発を支援しながら、自社の成長につながるメリットを得ることができます。
教育訓練給付金制度とは?
教育訓練給付金制度は、雇用保険に加入している従業員が対象で、一定の条件を満たすことで、受講費用の一部が国から支給される制度です。この給付金は、特定の講座や資格取得のためのコースに利用でき、以下の3種類があります。
一般教育訓練給付金
指定された講座を受講し修了した場合、受講料の20%(上限10万円)が支給されます。対象となる講座には、語学学校、ITスキル講座、簿記講座など、幅広い選択肢があります。
特定一般教育訓練
特に労働者の速やかな再就職及び早期のキャリア形成に資する教育訓練が対象となります。受講費用の40%(上限20万円)が訓練修了後に支給されます。
※令和6年10月以降に開講する講座の場合、上記に加え、資格取得等をし、かつ訓練修了後1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された場合は、受講費用の10%(上限5万円)が追加で支給されます。
専門実践教育訓練給付金
高度な専門知識や技術を習得するための講座が対象で、最大で受講費用の70%(年間上限56万円)が支給されます。対象講座には、医療・福祉分野の資格や中小企業診断士の資格講座などがあります。
従業員のスキルアップを奨励するメリット
企業が教育訓練給付を利用した資格取得を奨励することには、以下のような利点があります。
従業員の能力向上
従業員が新たなスキルや知識を習得することで、業務効率が向上し、会社全体の生産性を高めることができます。たとえば、経理担当者が簿記資格を取得することで、日常業務がより正確に行えるようになり、不動産業であれば宅建の取得を進めることで、設置要件を満たすことができ、経営者の負担軽減につながります。
従業員満足度と定着率の向上
教育機会を提供することで、従業員に対して会社が成長を支援しているというメッセージを伝えることができます。これにより、従業員の満足度が向上し、長期的な雇用につながります。特に中小企業では、優秀な人材の流出を防ぐ効果が期待されます。
企業のイノベーション促進
社員が新しい知識やスキルを持ち帰ることで、業務改善や新規事業開発のきっかけとなる場合があります。たとえば、デジタルトランスフォーメーション(DX)のスキルを習得した社員が、社内の業務を効率化するためのアイデアを提案することも考えられます。
奨励する際の具体的な施策
対象講座のリスト作成
教育訓練給付金の対象となる講座をリストアップし、従業員に共有します。業務に関連する講座や会社の目標に合致した資格取得を優先的に推奨することがポイントです。
受講費用の補助
教育訓練給付金を利用しても一部の費用は従業員負担となる場合があるため、その一部をさらに会社が補助する仕組みを導入することも効果的です。これにより、従業員の金銭的負担が軽減され、利用促進につながります。
資格取得支援プログラムの実施
定期的に社員向けの説明会を開催し、教育訓練給付金制度の内容や利用手順を詳しく説明します。資格取得後に業務での活用法を学ぶためのフォローアップ研修を提供することも検討するとよいでしょう。また受講費用の一部負担が難しい場合は、就業時間内の一部を勉強に充てる時間として利用する事を認めるような規定を定めるのも効果的です。
取得者の社内表彰やインセンティブ制度
資格を取得した従業員に対し、昇給や表彰、ボーナス支給などのインセンティブを提供することで、社員全体のモチベーションを高めることができます。
このように、雇用保険の教育訓練給付を活用した資格取得の奨励は、企業と従業員双方に大きなメリットをもたらします。中小企業においては、この制度を戦略的に利用することで、企業競争力の向上と社員のキャリア形成を同時に実現できます。
労働保険の専門家を活用するメリット
ここまでご説明したように、労働保険には様々なルールや給付があり、その複雑さから労働保険の手続きや管理には最低限の知識が求められます。当然社内で対応する事ができれば問題はないですが、一人の担当者が多岐に渡る業務を行う中小企業にとっては大きな負担となる場合があります。そのため、社会保険労務士やコンサルタントなどの専門家を活用することで、業務負担を軽減しつつ、正確かつ効率的な管理を実現できます。
専門家の具体的なサポート内容
加入手続きの代行
労働保険への初回加入や特別加入制度の申請など、煩雑な手続きを一括して代行します。
保険料計算と申告支援
賃金台帳の作成や保険料の計算、年度更新時の申告書類の作成をサポートします。
リスク管理
労災事故や未加入リスクを未然に防ぐためのアドバイスや、コンプライアンス体制の構築を支援します。
コストパフォーマンスの向上
専門家の費用は一見高額に思えるかもしれませんが、未加入リスクによるペナルティや手続きのミスによる追加コストを考えれば、長期的にはコスト削減につながります。さらに、経営者や管理部門がコア業務に専念できる環境を整えることは、企業全体の効率性向上にも寄与します。
まとめ
最後に労働保険について経営者として知っておくべきポイントとまとめです。
経営者として知っておくべき実務のポイント
労働保険は、従業員に直接的なメリットを提供するだけでなく、企業側にも様々な利点があります。例えば、雇用保険から支給される育児休業給付金は、従業員が安心して育児に専念できる環境を提供し、離職を防ぐ効果があります。
また、労災保険では、業務上の怪我や病気に対する補償だけでなく、治療費や休業補償給付などのサポートも受けられます。これにより、従業員の早期復帰を促進し、職場の生産性を維持することが可能です。
さらに、経営者としては、労働保険に関するトラブルを未然に防ぐために、従業員の労働条件や雇用契約を適切に管理する必要があります。例えば、労働時間や雇用形態が正確に記録されているか、定期的に確認することで、後々の問題を回避できます。
適切な管理と経営の安定を目指して
労働保険は、単なる義務ではなく、企業経営の安定や従業員の安心感を支える重要な仕組みです。雇用保険をうまく使い福利厚生に繋げたり、適切な保険管理を行うことで、従業員の満足度を向上させ、企業の成長をサポートされましょう。
弊社は最終的なゴールを自社での経理業務完結、「経理の内製化」とする会社を全面的にサポートします。中小企業にとって守備範囲が広くなりがちな経理をサポートするため、今回ご紹介したような労働保険の対応も請け負っています。
業務フローの見直しや経営者にとって有用な管理会計の構築、既存のシステム利用はもちろん、新たなICTの導入についても一緒に行います。また既存社員の育成や、新たな人材採用に必要な募集要項作成から面接に至るまで、ワンストップでサポート致します。是非ご相談ください。